常陸 額田城



ファイルNo2065

空堀遺構が際立つ茨城県の中でも、一段と深く迫力のある空堀が残る

                       主郭の空堀     

@ ぬかだじょう 
  別名 

A住所:那珂市額田南郷
    旧:那珂郡那珂町

B目標地点:額田小学校
C形式:丘城  D比高:20m 
E現況:山林・宅地

F遺構等:郭・土塁・堀・説明板
G時代/人物:鎌倉期/額田(佐竹)氏
H満足度: 凸凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  集落内より8分

J撮影・訪問時期:2009年04月

  

道案内 

常磐自動車道那珂インタを下り、県道31号線をひたちなか市佐和方面に進みます。4.2km先、杉原の信号で左折し国道349号線に入ります。2.8km先で常磐道のガードをくぐり、さらに3km先の額田西の信号で右折し県道62号線に入ります。1km先の額田十文字で旧国道349号線を越えます。100m先の路地に右折し200m先の集落内空き地に停めさせていただき、主郭に向かいます。
 
訪城コメント

主要部は茨城屈指の空堀です。深さ、幅とも圧巻です。この圧巻の堀は小幡城のように主要部全体というわけではないものの、主郭周囲の空堀は小幡城を越えると思います。その他の郭の空堀・土塁もなかなかのものです。二の郭は畑にはなっていますが、広大で、周囲に土塁も残ります。さら集落内は三の郭で、住宅の前に空堀・土塁が点在していました。また、主要部以外に近くの額田小学校、阿弥陀寺、引接寺周囲にも外郭の遺構の土塁や空堀が残っているようです。

現地説明板より
歴史

建長年間(1249〜56年)に佐竹義重の次男義直が築城し額田氏を名乗りました。額田氏十代の義亮あ佐竹宗家と対立し、応永三十年(1423年)に佐竹氏十三代義人に攻められ落城し、額田氏は滅亡しました。佐竹義人は家臣の小野崎道重を額田城に入れました。小野崎氏七代照通は佐竹氏から謀反を疑われ、天正十九年(1591年)に佐竹氏二十代義宣に攻められ落城し、照通は陸奥に逃れ、額田城は廃城になりました。


主郭を巡る空堀

二の郭
主郭
  空堀                      三の郭の空堀

  

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