常陸 小幡城



ファイルNo2040


                          堀  

@ おばたじょう 
  別名 

A住所:東茨城郡茨城町小幡
B目標地点:
C形式:丘城  D比高:10m 
E現況:山林

F遺構等:郭・堀・土塁・井戸・説明板
G時代/人物:室町期/大掾氏
H満足度: 凸凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  入口案内板から10分

J撮影・訪問時期:2009年02月

  

道案内 

常磐自動車道岩間インタを下り、県道43号線を国道6号線側に進みます。8km先、小幡南の信号で国道6号線を横切り、直進して県道181号線に入ります。2.9km先の信号で左折し、すぐに左が上野合幼稚園、右が上野台小学校です。信号から200m先で左折します。細い道を2.2kmほど進みます。集落を抜けた辺りで左折し、400m先左手に城跡の入口があります。
 
訪城コメント

台地にナイフで深く刻まれたように堀が郭を隔てるように巡ってるという感じです。堀底から郭までは5mほどあるでしょうか、長い空堀が続いています。郭ひとつひとつは広く、居住性を感じます。入口から、堀を進むと両サイドの郭から攻撃されるなぁと思いつつ進みます。関東の典型的な土の城のひとつで、一見の価値は充分にありました。なお、大手門あたりは新しい道路が作られ、潰されているようでした。

主郭井戸
歴史

鎌倉期の承久二年(1220年)頃に小田知重の三男の光重が築いたという説あるようですが、室町期の応永二十四年(1417年)〜応永二十七年(1420年)頃に大掾詮幹の三男の義幹が築いたとされます。天文元年(1532年)、大掾義信の時に江戸氏に攻略され江戸氏が小幡城を支配下に組み入れ、水戸城の支城としました。天正十三年(1586年)の書状には大塚弥三郎と小幡孫二郎という武士が城将を務めていたようです。この時期に今の縄張りができたようです。天正十八年(1590年)に佐竹義宣に攻められ落城、その後、佐竹氏は和田昭為が城代であったようです。慶長七年(1602年)に佐竹氏が出羽秋田へ移封となり、小幡城は廃城となりました。


主郭

   土橋                      現地説明板より

城域を巡る堀



−                           櫓台

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