下総 逆井城



ファイルNo2000

復興建物が城跡にマッチした感じのいい城跡です。

                            

@ さかさいじょう 
  別名 逆井古城 飯沼城 

A住所:坂東市逆井
    旧:猿島郡猿島町逆井

B目標地点:
C形式:平城  D比高:−−m 
E現況:城址公園・田畑・雑木林

F遺構等:郭・土塁・堀・模擬櫓・模擬門・碑・説明板
G時代/人物:戦国期/逆井氏・北条氏
H満足度: 凸凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  城址公園駐車場より2分

J撮影・訪問時期:2009年05月

  

道案内 

この城址公園は交通機関としては不便な場所です。車にしても常磐道・東北道の各インタからも遠いです。国道4号線で説明しますと、東京方面から来た場合、(東北道久喜インタを下りたとして) 国道4号線の菱沼(幸手市上宇和田)の信号を右折し、県道26号線に入ります。700m先で関宿橋を渡り、左折しなります。4km先、関宿城博物館のそばを通り、境大橋で利根川を渡ります。山神橋の信号で国道354号線を横切ります。1km先の旭町の信号で右折し県道137号線に入ります。8km先の信号で左折し県道125号線に入ります。600m先の信号で右折し、道なりで1.5km先が逆井城址公園です。

訪城備忘録

小生には記念すべき2000城訪城達成の城です。本当は山城での達成がよかったんですが、この城も平城とは言え、遺構も綺麗に残り、発掘調査の後の復元あるいは公園化に伴う復興建物がうまくマッチした城跡でしたので満足です。この城は逆井氏時代の逆井古城と後北条氏の飯沼城の遺構が混在して残るめずらしい城との事です。他の方のホームページを見てると、どうしても復興建物の印象が強いのですが、公園整備された奥まったところにある二の郭、主郭の広大さ、折れの入った空堀・土塁は見応えがありました。

j城址碑
歴史

小山義政の五男の常宗が逆井氏を名乗り、享徳年間(1452〜55年)前後に築城したとされます。天文五年(1536年)、常宗の孫の常繁が城主の時に、小田原北条氏の家臣、大道寺盛昌に攻められ落城し、逆井氏は滅亡しました。天正五年(1577年)玉縄城主の北条氏繁が大改修し、飯沼城としたようです。氏繁没後、氏舜(うじとし)、氏勝が入りましたが、天正十八年(1590年)、小田原北条氏滅亡でこの城も廃城になったと伝わります。

       物見櫓           東二の郭の折れの入った空堀と土塁
井楼・平櫓・物見櫓と舟入         物見櫓(西面)
外堀と土塁
  模擬主殿                   関宿城薬師門(移築)
逆井古城の遺構
主郭の土塁と復興櫓門
主郭と二の郭の間の空堀              二の郭東側の空堀

  

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