下野/ 久我城



ファイルNo3088


                            

@ くがじょう 
  別名  

A住所:鹿沼市下久我
B目標地点:常真寺
C形式:丘城  D比高:20m 
E現況:山林

F遺構等:郭・土塁・堀
G時代/人物:戦国期/久我氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  5分

J撮影・訪問時期:2016年04月

  

道案内 

東北自動車道の鹿沼インターを下り、上石川の信号を右折し、国道121号線で鹿沼市内に向かいます。7.5km先、下材木町の信号で右折し国道293号線に入ります。250m先石橋町の信号(鹿沼市役所手前)で左折し県道14号線に入ります。2.8km先の信号は直進して県道240号線に入ります。2.7km先の左側に加園郵便局があり、そこからさらに約10km先の久我小学校入口のバス停付近で右折し路地に入り、200m先が常真寺です。
 
訪城記録

城跡は寺の裏手の台地先端にあります。寺の山門から左手(西側)の道を寺沿いに歩き、寺の背後から台地に登ります。(細い道があります) そこからやや藪っているところを5mも潜ると空堀に出ます。屈曲した空堀が北へ伸びていて途中で東に折れます。右手台地は広い郭で西側を土塁が巡ります。中央に大きな空堀があり、南端で東の郭を巡ります。西にもあったようですが、改変された雰囲気です。東の郭、その北側にも郭はあったようですが改変されたようです。夕方に訪城し、コンパクトカメラしかもってなくてブレブレで使える写真が少ないため、空堀の深さや城の雰囲気が写真でお伝えできるできませんが、なかなかのいい以降の残る館城でした。

常真寺
歴史

築城時期、築城者は不明のようですが、久我氏が天文年間(1532〜55年)に築いたとされるようです。久我氏は京都の久我大納言清道の末孫久我式部大輔常真が当地に下り築城したとも、佐野氏の一族の久我盛綱が築城したとも言われるようです。天正十五年(1587年)〜天正十八年(1580年)には廃城になったようです。


西側の空堀                        中央の空堀
  
主郭と土塁
東の郭の土塁と虎口                       中央の空堀

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