下野/ 千渡城



ファイルNo2559


                            土塁と堀

@ せんどじょう 
  別名  

A住所:鹿沼市千渡
B目標地点:宝性寺
C形式:平城  D比高:ーーm 
E現況:寺・畑

F遺構等:郭・土塁・堀
G時代/人物:戦国期/宇都宮氏・宇賀地氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  −−分

J撮影・訪問時期:2010年10月・2016年04月

  

道案内 

東北自動車道の鹿沼インターを下り、上石川の信号を右折し、国道121号線で鹿沼市内に向かいます。約5km先、緑町3丁目の信号で右折し県道268号線に入ります。約2km先の千渡の信号で右折し県道4号線に入ります。約1.2km先の信号で左折します。約2.5km先の右手が宝性寺です。道沿いに城名の書かれた寺の看板があります。

訪城記録

宝性寺の前面、両側面まで土塁、空堀が残ります。東角の土塁は一段と高まりになり櫓台のようです。東の空堀はさらに伸びて、寺の後方の雑木林まで伸びていて、そのまま北側まで空堀が巡ります。雑木林の中には北の空堀に沿って土塁が残ります。館城がきちと残ってるという印象でした。

歴史

築城時期ははっきりしないようですが、天正年間(1573〜92年9に宇都宮國綱が壬生氏に備えるために築いたとされ、千渡城を上の城、深津城を中の城と言うようです。城には宇賀地氏などが入ったようです。慶長二年(1597年)に宇都宮氏は改易となったため、この城も廃城になったようです。


南面の土塁と堀
  
4月の風景
堀と土塁                            東端の櫓台
4月の風景

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