常陸 小坂城



ファイルNo2299


                 二の郭に入る土橋    

@ こさかじょう 
  別名 

A住所:牛久市小坂町
B目標地点:小坂団地
C形式:丘城  D比高:20m 
E現況:山林

F遺構等:郭・堀・土塁
G時代/人物:戦国期/岡見氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  団地端から5分

J撮影・訪問時期:2009年10月

  

道案内 

圏央道のつくば牛久インタで下り、大井北の信号を左折し国道408号線に入ります。
12.5km先、小坂団地入口の信号から700m先の団地へのもうひとつの入口に左折します。右手の丘陵先端が城跡です。250m先の右手二本目の路地に右折します。100m先のフェンスの切り目から登ります。
 
訪城備忘録

団地の端のフェンスの所から回り込んで登ります。すぐに四の郭となる小さな郭に至り、低い空堀を越えると三の郭になります。左手の方に進むと二の郭との間に横たわる空堀があります。これがけっこうしっかり残る空堀で二の郭と主郭を取り巻く堀になっているようです。三の郭から二の郭への土橋で結ばれています。二の郭はL字になっていますが、竹やぶで見通しが利きません。二の郭と主郭の間にも深い空堀が巡り折れが入り横矢が効いています。二の郭から主郭への虎口にも土橋が残っています。主郭は丘陵の先端にあり周囲を土塁が巡ります。残念ながら1/3は国道建設で削り取られていました。主郭の一部を除けばほぼ遺構は残っている一見の価値のある城跡でした。

私が訪城後にこの城跡は整備され、駐車場、説明板が設置され、場内も間伐など程よく整備されているようです。

歴史

岡見城の岡見弾正忠が江戸崎の土岐原氏に対抗するための支城として築城したとされます。岡見氏は小田氏に従っていましたが、小田氏が滅亡した後、土岐原氏と同盟し北条氏の配下に入り佐竹氏に対応しました。天正十八年(1590年)に豊臣秀吉の小田原城攻めで北条氏が滅亡の際に岡見氏も滅んだため小坂城も廃城となりました。

主郭の土塁      主郭
城跡遠望     三の郭土塁
三の郭堀      三の郭
二の郭の空堀
主郭の空堀
  

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