武蔵 吉田龍ケ谷城



ファイルNo2577

岩場の細尾根の先に城跡が・・・。

                        主郭背後の堀切    

@ りゅうがいじょう 
  別名 吉田の盾 

A住所:秩父市吉田久長
    旧:秩父郡吉田町

B目標地点:
C形式:山城  D比高:200m 
E現況:山林

F遺構等:郭・堀切・土塁
G時代/人物:戦国期/久長氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  別荘地の貯水場から10分(比高100m)
J撮影・訪問時期:2010年11月

  

道案内 ←登城口 ←城跡

関越自動車道の花園インタを下り国道140号線を寄居方面に進みます。10km先で国道の寄居長瀞バイパスに入り、秩父やまなみ街道を進みます。9km先の皆野長瀞インタを下り、インター入口の信号を左折し県道348号線に入ります。800m先の三沢入口の信号を右折し国道140号線に入ります。500m先の親鼻橋の信号で左折し県道37号線に入ります。2.1km先の皆野駅付近で斜め右に入り県道43号線に入ります。1km先の皆野橋の信号で右折し県道44号線に入ります。すぐに荒川を渡り、500m先大淵の信号で左折戻りの感じで曲がり、県道37号線に入ります。4.4km先の信号で県道270号線と合流になります。信号から100mで斜め右の集落の道に入り、200m先の路地を右折します。300m先を右折し別荘地に入ります。80m先を右折します。さらに150m先を左折しm50m先は右なりに右折し、200m先の行き止まりが貯水槽のところです。
 
訪城記録

貯水槽を正面に左手の斜面を登り、尾根まで登ったら左手へ尾根を登ります。すぐに岩場の尾根になり、200mほど岩場の尾根を登ると城域の岩場の堀切に至ります。ここを越えると二段の段郭を越えて主郭になります。主郭の端は土塁があり、その先は明瞭な堀切で両サイドは竪堀で落ちています。その先の尾根に土塁が横たわり浅いですが土塁に沿って堀も確認できます。この先、なだらかに下っていて郭とは言えない感じですが、堀切が二本あるようです。ここは兵站地だったんでしょうか?ほとんど郭内には手が入っているようには見えませんでした。私は主郭背後の堀切で止まってしまいましたので、この斜面の堀切を見落としました。岩場の尾根と急斜面の細尾根が敵を寄せ付けません。規模の大きな監視の城という感じです。ここにも人がいたんだぁって思えて、城巡りの一番おもしろいところを感じる事ができます。

主郭手前
歴史

築城時期は定かではありませんが、戦国期に永禄十二年(1569年)に武田氏の秩父進攻に際し防御した(史料に)吉田の盾と言われる城がこの城とされます。城将は久長但馬守と言われ、久長氏は天正十八年(1590年)に北条氏が滅んだ後は上杉景勝に従ったようです。


主要部最初の岩場の堀切              土塁   

竪堀                主郭手前
竪堀              主郭手前
土塁                   主郭
主郭背後堀切               竪堀

  

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