上野 天屋高山城



ファイルNo2668


                         城跡遠望   

@ たかやまじょう 
  別名 高山城 日野城・天屋城 要害山城
      百間築地砦
A住所:藤岡市金井・高山
B目標地点:金井の湯
C形式:山城  D比高:180m 
E現況:山林

F遺構等:
G時代/人物:期/
H満足度: 途中断念
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  −−分

J撮影・訪問時期:2011年09月

  

道案内 ←登り口  ←城跡

上信越自動車道の藤岡インタを下り、県道13号線を5km南下します。いったん国道254号線に入り、すぐに上大塚東の信号で県道175号線に入ります。5km先、金井の信号の手前500m、斜め左に登ります。700mほど進んだ先が金井の湯でその裏手台地が百間築地で、その裏手の山が要害山城、天屋城です。

訪城記録

9月半ばというのに真夏の暑さ。時刻は午後4時過ぎ。百間築地から山に入りましたが、道は藪状態。蜘蛛の巣はいたりところにあり、夏場では山頂に行くにはきつそうで、要害山城下で諦めました。後で資料を見てみると、要害山から天屋城の尾根までは道らしいものはないようで、直登になるようですが、尾根上には数条の堀切が明瞭に残るようです。麓の百間築地砦の残存石垣と呼ばれる箇所は、違和感を感じる石垣です。また、金井の湯の背後の崖上には大きな石垣で積まれたなぞの石垣(最近詰まれたもの)、石垣用の大石が積まれている箇所など、なんおための石垣なのかよくわからんです。

説明板
歴史

この城は山頂の天屋城、山腹の要害山城、台地上の百間築地砦の三つで構成された複合城と言われます。築城は永享年間(1429〜41年)に高山氏が築いたとされます。この城は平井城、平井金山城の支城として、高山氏は上杉氏に従っていたようですが、天文二十年(1551年)に上杉憲政が越後に退去した後、北条氏あるいは武田氏に従ったようです。高山定重を最後に高山城は北条氏の城になったようですが、天正十八年(1590年)の北条氏滅亡の時に廃城になったようです。


百間築地砦の石垣             天屋城遠望

要害山城の堀

  
ふもとの池                なぞの石垣

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