上野 赤堀城



ファイルNo2615


                        土塁と堀    

@ あかほりじょう 
  別名 今井城 

A住所:伊勢崎市赤堀今井町2丁目
    旧:佐波郡赤堀町
B目標地点:

C形式:平城  D比高:−−m 
E現況:田畑、宅地

F遺構等:郭・土塁・堀
G時代/人物:南北朝期/赤堀氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  県道入口から5分
J撮影・訪問時期:2011年02月

  

道案内 

北関東自動車道の伊勢崎インタを下り、国道17号線(上武道路)に入ります。250m先で側道に入り、赤城見大橋の信号を右折し国道462号線に入ります。4.2km先の西久保の信号、この信号は変則信号で国道50号線とは別に県道76号線に左折します。600m先、鏑木川を越えた右手に赤堀城址入口の標識がありますが車では入れません。標識の手前20mの路地に右折し150m先の左手から城跡に入ります。
 
訪城記録

東側の鏑木川と西の粕川に挟まれた台地に城はあります。150m四方の主郭が内部は田畑となり、東側と北側の高い土塁が残っていて、北側の土塁の外側に空堀が残っています。空堀の北側も郭であったようですが、現在、遺構は残っていないようです。

説明板と碑
歴史

築城時期は定かではないようですが、南北朝期の正平年間(1346〜69年(南朝)/北朝は貞和〜貞治年間の頃)に赤堀直秀が築いたとされます。赤堀下野守親綱の時に由良氏の配下となり、子の影秀までは赤堀城に在城したようですが、影秀の子の時秀が城を捨てたようです。その後は北条氏の家臣の小菅摂津守が在城、天正十八年(1590年)の小田原城落城とともに廃城となったようです。


土塁                  城内

土塁

  

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