上野 奥平城



ファイルNo2263

三河奥平氏発祥の地

                       城址遠景     

@ おくだいらじょう 
  別名 

A住所:高崎市上奥平
     旧:多野郡吉井町

B目標地点:
C形式:丘城  D比高:20m 
E現況:竹林・畑

F遺構等:郭・堀切・土塁?・説明板
G時代/人物:鎌倉期/奥平氏
H満足度: 凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  2分
J撮影・訪問時期:2009年08月

  

道案内 

上信越自動車道の吉井インタで下り、県道41号線を国道254号線方面に進みます。2km先の信号で左折し国道254号線に入ります。4km先の白井の信号で右折し県道171号線に入ります。3km先のT字の信号で左折し県道200号線に入ります。1.4km先岩平小学校の先のY字信号で斜め右の入り県道200号線を進みます。500mほど先を左手方向に入っていくと前方の右手高台が城跡です。
 
訪城記録

吉井町は2009年6月に高崎市に合併して、訪城時はまだ日が浅ったんで、吉井町の史跡の説明板はどれも「高崎市教育委員会」の名前が上書きシール貼りになってました。この城は縄張り図などの資料も持たずの訪城でしたので、どこまで城域なのかわからずです。城の登城口には城址碑と説明板があります。10mほど登ると畑で、郭跡ではあると思います。周囲に土塁の盛り上がりがありますが、遺構かは判断つきません。背後がもう一段高いところなんですが、竹やぶがきつく、夏場の夕方で、くもの巣だらけで暗くなったんであきらめました。登城口の左手は堀切の跡のように隣の丘陵とを分断しています。今は、用水路が流れていて、竹やぶですのでやはり動き回りつらい状態でした。この城は、山家三方衆、三河作手の亀山城、長篠城(長篠の戦い)の籠城などで有名な奥平氏の発祥の地です。

入り口の城址碑
歴史

源頼朝が挙兵した際に従った赤松則景の子の氏行が、この地の郡司となり築城し、奥平氏を名乗ったとされます。六代定政は新田義貞に従い、鎌倉幕府の倒幕に貢献し、その後、奥平氏は南朝側として活躍しました。しかし、八代貞俊は三河に移ったとされます。


郭(現在畑)と土塁?                 堀切?    

  

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