上野 小幡陣屋



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                        陣屋虎口(復元)    

@ おばたじんや 
  別名 小幡城 

A住所:甘楽郡甘楽町小幡
B目標地点:第二中学校
C形式:平城  D比高:−−m 
E現況:公園・宅地・畑

F遺構等:郭・石垣・庭園・復元建物・復元門・説明板
G時代/人物:戦国・江戸期/小幡氏・織田氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  中学校から2分

J撮影・訪問時期:2009年08月

  

道案内 

上信越自動車道富岡インタで下り、インタ前の信号を右折、400m先の信号を右折し県道46号線に入ります。3km先の善慶寺の信号を越え、700m先の小幡の信号で右折します。700m先で右折し300m先の第二中学校の先(西側)が城跡です。

訪城記録

訪城時陣屋跡の復元整備が相当に進んだという頃でした。石垣、土塁、建物、門などが整備され、御殿のあった位置がわかるような表示がされていましたが、完成前で説明板等はまだありませんでした。隣の庭園(楽山園)は先に整備が終わってますので、青空に映えて綺麗でした。町の中には武家屋敷、食い違いの石垣虎口なども残り、町全体で江戸期の小幡を表現されていて好感のもてる町と陣屋跡でした。

歴史

天正十八年(1590年)奥平信昌が三万石で入封し、陣屋を構えました。陣屋は小幡氏の重臣の熊井戸正満の屋敷跡であったとされます。慶長六年(1601年)に奥平氏は美濃加納十万石に転封、かわって水野忠清が一万石で入封、水野氏が三河刈谷に転封後、元和元年(1615年)に織田信雄が大和宇陀郡とともにこの地も与えら、合計五万石を与えられました。元和三年(1617年)に信雄の四男の信良に甘楽郡二万石を分与し、、寛永六年(1629年)、陣屋は信雄の孫の信昌が陣屋を築き、寛永十九年(1642年)に完成したようです。以後、八代続きましたが、明和四年(1767年)に織田信邦は出羽高畑に転封となり、松平忠恒が入り、四代続き明治維新を迎えました。


   庭園                   食い違い虎口石垣

復元整備された陣屋
整備された土塁・石垣

  

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