群馬の城01  

                                                                               

荘田城  2244
城址説明板と碑

堀??
A沼田市井土上町
 
B熊野神社

国道291号線の井土上町の信号から沼田市街地に寄った路地を入り段丘の麓の熊野神社及びその背後が城跡です。遺構ないようです。台地の上の公園には平安以前の遺跡の環濠の復元堀がありましたが、城とは関係ないだろうな。
C丘城
F遺構等:碑・説明板
G鎌倉期/沼田氏 
H満足度:凸
宝治元年(1247年)に三浦氏は北条時頼に滅ぼされ、この一族(家村?)が三浦氏に縁のある荘田に逃れ沼田景泰と称し沼田氏の始祖となりました。応永十二年(1405年)、八代の沼田景朝が小沢城に移るまで沼田氏の居城でした。その後は沼田氏の家臣の和田氏が居城としたようです。

J訪城:2009/08
  

川田城  2245
城跡

川田町背後の高台からの眺望
A沼田市下川田町
 
B川田公民館・内宿公民館
川田公民館の路地を進むと加沢平次左衛門の墓の説明板があります。この辺が城跡です。説明板の上に内宿公民館と加沢氏の墓があり、その奥に城址碑があったようですがそこまで行きませんでした。


C丘城
F遺構等:堀・類似説明板・(碑)
G戦国期/沼田氏 
H満足度:凸
明応年間(1482〜1501年)〜永正年間(1504〜20年)頃、沼田氏六代の景久の四男の四郎景信が築いたとされ、信光、信清、光清、光行と続きました。その後は、真田氏の家臣の山名信濃守義季が居城としたようです。
J訪城:2009/08
  

森下城  2253
城址説明板遠望

堀切跡
A利根郡昭和村森下
B県道255号線沿い
国道17号線の岩本町の信号から県道65号線に入ります。森下の信号で左折し県道255号線に入ります。県道が片品川に近づき、県道が大きく右にカーブした左手、公営住宅の裏手の川沿いに朽ちた城址碑と説明板があります。城址碑の手前の窪地は堀切の痕跡のようです。城址の近くに加藤丹波守の腹切石という史跡があります。加藤氏は天正十年(1582年)に北条氏に攻めら自刀しました。

C丘城
F遺構等:説明板・堀切・(碑)
G戦国期/森下氏 
H満足度:凸


J訪城:2009/08
   

剣城 2247
城址碑
A渋川市半田
BJR上越線剣城踏切
国道17号線の半田の信号からJR八木原駅前まで行き、そこから左手(前橋方面)の住宅街を抜け、剣城踏切から線路沿い100mほどの畑の角に手書きの城址碑があります。遺構は無いです。

C平城
F遺構等:碑 
G鎌倉期/比企氏 
H満足度:凸
文治年間(1185〜90年)に比企氏の居城とされます。白井長男氏の家臣団(白井城団)のようです。

J訪城:2009/08