下総 生実城
生実陣屋



ファイルNo2752


                        空堀    

@ おゆみじょう 
  別名 北小弓城 北生実城 

A住所:千葉市中央区生実町
B目標地点:生実神社
C形式:丘城  D比高:10m 
E現況:宅地・

F遺構等:郭・堀・説明板
G時代/人物:戦国期/原氏
H満足度: 凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  学園前駅から15分

J撮影・訪問時期:2012年09月

  

道案内 

館山自動車道の蘇我インタを下り、県道66号線生実町五差路で左折します。500m先の生実池の信号で県道は右折です。500m先左手が生実神社です。
 
訪城記録

生実神社の脇に説明板、鳥居横に説明碑があり、神社西側に大きな空堀が100mほど残っています。この空堀は所有者から寄贈されて残ったらしいです。江戸期陣屋であった本城部分、二の郭部分は団地造成の際に堀などは埋められ遺構は消滅したようです。新興住宅団地の中に本城公園というのがありますが、ただの公園で、唯一、城の説明板があります。また、城域西端にあたるところに生実池(昔は弁天池と呼ばれたようです)があり、池の横にある重俊院には江戸期領主の森川氏代々の墓地があります。県道沿い神社の横、二の郭部分に建つ珈琲専門店、蔵の様な造りでなんだか雰囲気はいいのですが、珈琲1杯600円は高かった^^;

説明板
歴史

千葉氏の重臣の原胤清が小弓(古)城を廃して天文八年(1539年)に築いたものです。天正十八年(1590年)、原胤栄が徳川家臣の酒井家次と戦い戦死し城はいったん廃城になりますが、寛永四年(1627年)に森川重俊が一万石でこの地に入封し、城の跡地に陣屋を構え、森川氏が明治維新まで続きました。重俊は寛永九年(1632年)の二代将軍徳川秀忠逝去に際し殉死ししました。


二の郭側から神社                  生実池

  

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