上総 秋元城



ファイルNo2625


                        主要部虎口土塁    

@ あきもとじょう 
  別名 小糸城 青鬼城 

A住所:君津市清和市場
B目標地点:秋元小学校
C形式:山城  D比高:60m 
E現況:山林

F遺構等:郭・堀切・堀・土塁・碑・案内板
G時代/人物:戦国期/秋元氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  15分

J撮影・訪問時期:2011年04月

  

道案内 ←登り口

館山自動車道の君津インタを下り、県道92号線に左折します。17km先、東粟倉の信号(房総スカイラインの入口の信号)を右折し国道465号線に入ります。1km先、西粟倉の信号で右手に500m左手に説明板があり、その先から登ります。
 
訪城記録

西粟倉の信号の先に説明板があり、その上に小糸城址碑があります。城跡へは説明板の先の小道を登ります。すぐ上に水田がありますが、ここは居館跡のようです。さらに登っていくと岩場の大きな堀切状の虎口を越えて千畳敷に至ります。主郭を含む周囲は整備され公園のようになっていました。主郭の裏手には円弧状の堀切が残ります。主郭周囲はのどかな感じですが、土橋を越えた先の西側の遺構は戦国を感じさせる荒らしいものです。大きな堀切が二箇所、岩盤が削られて壁になっている横堀は見所でしょう。

登り口
歴史

下野守護の宇都宮氏の一族である宇都宮泰業が嘉禄年間(1225年)に秋元庄に入り秋元氏を名乗ったとされます。永正五年(1508年)に里見義豊の家臣となっていた秋元義正が築城したとされます。永禄七年(1564年)の第二次国府台の戦いで里見氏は大敗し、安房に敗走したが、これを追った北条氏は上総を攻略し、秋元城も落城し、城主の秋元義久は討死したとされます。城は北条氏の支城となったようで、天正十八年(1590年)の北条氏滅亡後に廃城なったとされます。


主郭下堀切状城門

現地説明板より                 城址碑

  
尾根上の郭の虎口
千畳敷
主郭土塁
主郭南下堀切
主郭を西下から見る
土橋
西郭土塁
西郭堀切
西郭堀切
西郭堀
西郭堀切

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