下総 岩富城



ファイルNo2543


                        主郭土塁    

@ いわとみじょう 
  別名 

A住所:佐倉市岩富町
B目標地点:浅間神社
C形式:丘城  D比高:40m 
E現況:畑・神社・雑木林・宅地

F遺構等:郭・土塁・堀・説明板
G時代/人物:戦国期/原氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  説明板から5分

J撮影・訪問時期:2010年09月

  

道案内 ←登城口

京葉道路の貝塚インタを下り国道51号線に入ります。約8km先の坂戸の信号で右折し県道22号線に入ります。2.8km先(坂戸の集落を越えるといったん下り坂となり、川を渡って再度上り坂になる正面の丘が城跡です。上り坂は右手にカーブしながら登り、ピークで斜め戻り左折します。300mほど下ると左手に浅間神社の鳥居があります。
 
訪城記録

主郭は畑になってますが、周囲をしっかりとした土塁が巡ります。主郭手前に空堀があり土橋も明瞭に残ります。南側は民家が連なりますがその各戸の裏手にも土塁が残っているようですが入るわけにも行きません。集落に埋もれ、県道に削られた部分もあるようですが主郭はしっかりと残ってます。

浅間神社の鳥居と城址説明板
歴史

文明二年(1470年) 原左衛門尉景廣が築き、子の胤行まで居城としました。天正十八年(1590年)に小田原北条氏の滅亡とともに原氏も滅亡しました。関東に移封された徳川家康によって玉縄城(鎌倉市)城主だった北条氏勝が一万石で封じられました。慶長十九年(1614年)に養子の氏重が下野の富田に移封され、岩富城は廃城とんりました。


主郭土塁

現地説明板より                  主郭  

  
主郭前堀と土橋                    土塁   

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