武蔵 菅谷館



ファイルNo1559


                        主郭土塁    

@ すがややかた 
  別名  

A住所:比企郡嵐山町菅谷
B目標地点:県立嵐山史跡博物館
C形式:平城  D比高:−−m 
E現況:公共施設・公園

F遺構等:郭・土塁・堀・碑・説明板
G時代/人物:鎌倉期/畠山氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  駐車場から10分

J撮影・訪問時期:2001年09月・2011年09月他

  

道案内 

関越自動車道の東松山インタで下り、国道254号線を嵐山・小川方面に進みます。約8km先左手が城館跡です。(東武東上線武蔵嵐山駅から徒歩約1.4km)
 
訪城備忘録

2001年に最初に訪れた時はこれぞ関東の高い土塁の城と感激した記憶があります。それから10年が過ぎました。三度目の訪問という事もありますが、それなりに数多くの城跡を見たためか、大きな土塁ではありますが、すごく高い土塁という感激は下がってしまいました(笑)が、整備された公園として、広域に城館跡の郭、土塁、堀が残り、なかなかの城館跡ですね。特に、主郭虎口前の屈曲した空堀・土塁は見応えあります。

城址碑
歴史

築城時期は定かではないようです。鎌倉初期、畠山重忠の居館でした。重忠は源義朝を助け鎌倉幕府の成立に貢献しましたが、元久二年(1205年)の執権北条氏に謀殺されました。戦国期までの詳細は明らかではないようですが、山内上杉氏の拠点とし、使われたようです。その後についても何時廃城になったか不明のようです。

主郭前の堀
主郭虎口前と現地案内板
  
主郭内                    主郭堀

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