豊後/ 緒方三郎惟栄館



ファイルNo1668

                         「緒方三郎惟栄館址之碑」と刻まれています。 

@ おがたさぶろうこれよしやかた 
  別名 

A住所:豊後大野市緒方町上自在
    旧:大野郡緒方町 

B目標地点: 
C形式:平城(河川段丘)D比高:−−m 
E現況:畑・水田 

F遺構等:碑・説明板 
G時代/人物:平安・鎌倉期/緒方氏
H満足度:
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  国道沿い1分

J撮影・訪問時期:2007年02月

  

【道案内】 

国道10号線野津(臼杵市)から国道502号線に入り竹田方面に進みます。、旧三重町(豊後大野市)を経由して旧緒方町(豊後大野市)に入り、国道が緒方川沿いを進みます。緒方支所入口の信号・緒方工業高校を過ぎ、三郎大橋北の信号を越えて100m程の右手の空き地が館跡です。

 


【現況・訪城記録】

ただっぴろい空き地と、その片隅(国道沿い)に高さ5mほどの立派過ぎる館碑と小さな祠があるだけです。


【歴史】

源平の戦いで源氏方で活躍した緒方三郎惟栄(これよし)の館と伝わります。緒方荘は当時は宇佐神宮の荘園であり、惟栄は平重盛の家臣でありました。しかし、寿永二年(1183年)に平家が都落ちし大宰府に至った際、源氏方としてこれを攻め、平家を九州から追い落としたとされ、源平の戦いで活躍し、元暦二年<文治元年>(1185年)に壇ノ浦で平家は滅びました。しかし、源頼朝と義経が対立した際、惟栄は義経方に付き、義経を九州に迎えるために築城したのが岡城と伝えられます。惟栄は尼崎で捕らえられて上州沼田に配流されたと伝わりますが、その後はわからないようです。


  
  
  

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