豊前/ 田丸城



ファイルNo1652

           境内(土塁)   

@ たまるじょう 
  別名 長久寺城・福島田丸城

A住所:中津市福島 
B目標地点:長久寺 
C形式:平城  D比高:−−m 
E現況:寺 

F遺構等:郭・土塁・堀・説明板 
G時代/人物:戦国期/福島氏
H満足度: 凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  1分

J撮影・訪問時期:2006年12月

  
堀跡

【道案内】 

JR中津駅の南側、国道213号線から国道212号線に入ります。2.8Km先の新万田の信号で左折し、県道663号線に入ります。2.5Km先で<緑ケ丘中学を過ぎて>県道675号線との交差点です。さらに2Km先で左折した先が長久寺です。

 


【訪城備忘録】

大きな方形の敷地で240m*140m四方あるそうです。この寺の敷地は当時の城のままの大きさと説明板書かれていました。山門を入ると左手方向に行くと、土塁が寺の周囲に残ります。一部二重となっている感じの堀跡も見ることができます。外側の堀はほぼ寺を巡っている感じです。

【歴史】
文明九年(1477年)にこの地の地頭の福島但馬守鎮充はこの寺を寄進したようです。一向宗の拠点であり、福島氏は山中城(福島城)より移り、城塞化したようです。天正十五年(1587年)の豊前国人一揆の際、宇都宮鎮房に呼応した大畑城の賀来氏、福島氏は、中津城に入った黒田孝高(如水)方の吉川広家、黒田長政がこの城を攻撃し、落城させました。この時の城主は福島佐渡守で、敗れた城兵・宗徒の八百余りが獄門に処せられたとの史料があります。 <現地案内板より>


  
長久寺山門
  
山門横
  
  

近くの城・関連の城:妙相寺城