豊前/ 佐野城



ファイルNo1598

            碑と説明板    

@ さのじょう 
  別名 土井城・佐野切寄

A住所:宇佐市佐野
B目標地点:長峰小・光明寺 
C形式:平城  D比高:−−m 
E現況:宅地 

F遺構等:土塁・碑・説明板 
G時代/人物:南北朝期/佐野氏
H満足度: 凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  1分

J撮影・訪問時期:2006年09月

  
土塁?

【道案内】   

東九州自動車道宇佐インタを下り、接続の国道10号線(北大バイパス)を中津方面に進みます。5Km先、宇佐神宮方面から来る本来の国道10号線と山下で合流します。1.7Km先の南敷田の信号で、その120m先の左手を逆Vに左折します。すぐまた右折し、1Km進むと右手が長峰小学校です。その130m先を右折し、すぐまた右折した先の右手に説明板と碑があります。

 


【訪城備忘録】

集落の真ん中に説明板と碑がポツンとありました。周囲に土塁っぽいところが点在しますが、どこまでが遺構かわかりません。


【歴史】
佐野氏は麻生氏の分家で、佐野助太郎親道が応安年間(1368〜75年)に城を築いたとされます。当初は、大内氏に従いましたが、その後は、大友氏に従いました。しかし、大友氏が麻生氏を滅ぼした事を恨み、天正六年(1578年)に大友氏が日向遠征の耳川の戦いで島津氏に敗北すると、佐野親重は、時枝城主時枝鎮継らとともに大友氏方の赤尾氏の光岡城を攻めましたが、天正十一年(1583年)に大友軍の攻撃を受け、城は落城しました。

  
    
  
  

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