摂津 / 山辺城



ファイルNo1828


                         二の郭下から主郭を見る   

@ やまべじょう 
  別名 鷹爪城 

A住所:豊能郡能勢町山辺〜大里
B目標地点:鷹爪山(城山)
C形式:山城  D比高:250m 
E現況:山林

F遺構等:郭・堀切・土塁・石垣
G時代/人物:鎌倉期〜/能瀬氏・大町氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  月峯寺から城山台団地を経由して30分

J撮影・訪問時期:2008年01月

  

道案内 ←城跡  ←城山台団地からの登り口

京都縦貫道の亀岡インタを下り、国道423号線を能瀬方面に進みます。13km先、妙見口の信号で右折し府道4号線に入ります。1.4km先の野間峠をつづれ折れの道で越えます。京都府から大阪府に入ってから3km先が野間中の信号です。直進するとすぐに天然記念物「野間のけやき」の大木があります。300m先がY字で左手が府道604号線で右手が府道4号線です。ここから府道4号線を猪ノ子峠を越えて2.8km先で右手方向に田尻川沿いを進み、1.2km先で府道106号線を横切ります。3.5km先の信号で右折し、府道104号線に入ります。600m先左手が能勢町役場で、その先の信号で左折し、府道54号線に入ります。1.2km先で右折し坂を登り城山台団地に入ります。月峯寺の裏手で左折し、200mほど坂を登ります。いったん右折し、50m先の左手にとても急な道が200mほど登っています。先端に城山台の給水施設があり、ここから山に入ります。
   
 
訪城コメント

城は鷹爪山あるいは城山(別名:能勢富士)の山頂部にあります。私は月峯寺の石段下に車を止め、寺を経由し城山台から登りました。団地上部の最後の200mの坂は本当に急です。70m級のスキージャンプ台のような感じです。^^;; 何軒か家はありますが、住んではおられないようです。(よう、こんな急斜面に宅地造成したなぁつうのが本音です。) 給水施設のところから山に入ります。道らしいものはないですが木々に青テープがところどころくくってありますので、なんなく10分ほどで尾根に出られます。尾根の東先端そばに出ますが、ここに土塁を巡らした郭のような箇所があります。遺構なのか?少し綺麗過ぎる感じです。ここを東へハイキング道が下りて行ってます。この道が本来の道なんでしょうが、登山口の場所はわかりません。(資料からは山の北東側麓に登山口があるようです。) 尾根を左手(西側)へ進みます。最後の急坂になっている箇所に竪堀が北側へ落ちていました。急坂を登ると三の郭の下にでます。この辺りも郭跡のようで、三の郭の下に広く平坦地が展開されています。三の郭との高低差は10m以上あります。また、巨岩がせり出していました。右手方向から登ると三の郭と二の郭を結ぶ尾根に登ります。左手に行くと三の郭です。西側は谷で大手谷というようです。上から見るとこれがなかなか急です。三の郭は大変広い郭です。二段になっていて、長さは50m(幅は30mほど)はある感じです。戻り、二の郭に向かいます。二の郭手前の左手、大手谷側の一段下がった郭に石垣が残ります。この下の郭にも石垣が残るようですが、積雪であったのであきらめました。二の郭虎口にも石垣の痕跡がありました。主郭は二の郭の先、尾根先端にあります。主郭はコブ状に独立した感じで、二の郭からはいったん下がって主郭下を巡る帯郭から再び入るという感じです。二の郭、主郭とも土塁は無く、古い感じがします。さっきの東尾根の先端にあった土塁を巡る郭とはえらい違いを感じます。

城山遠望
歴史

鎌倉期、能勢国基が能瀬に入り、以後、能勢氏の詰城であったようです。天文年間(1532〜55年)に大町右衛門尉宗長が在城したとされ、水原氏らと能勢西郷衆とされました。天正七年(1579年)、大町豊後守宗清・弥太郎宗治兄弟は織田信澄・塩川長満ら織田軍に栗栖で敗れて落城したとされます。この時、城は焼かれたようで発掘調査では城域全域で焼土がでたそうです。


三の郭下から三の郭を見上げる                 三の郭   

二の郭南下石垣                  二の郭虎口石垣

     主郭                  三の郭側から二の郭を見る
  

  

東の尾根端の土塁が巡る郭             尾根から大手谷を見下ろす

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