播磨 / 庄山城



ファイルNo1848


                                 城跡遠景  

@ しょうやまじょう 
  別名 豊国城 

A住所:姫路市飾東町豊国〜庄
B目標地点:城山中学校・谷外小学校
      医王寺・大歳神社

C形式:山城  D比高:150m 
E現況:山林

F遺構等:(郭・堀切・土塁・石垣)・説明板
G時代/人物:南北朝期/赤松氏
H満足度: −−
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  途中断念

J撮影・訪問時期:2008年03月・2014年01月

  

道案内 ←石垣遺構があるという情報がある個所    ←登城口(推定)

山陽自動車道の山陽姫路東インターで下り、料金所から高速の側道のような国道372号線を進みます。1.3km先の山陽姫路東IC東の信号で右折します。国道372号線を信号から500m先で右折する路地がありますので、ここを右折します。すぐに城跡の説明板があり、正面に城山中学校、背後に城山が見えます。城山には登るには、城山の南側の谷外小学校の西側、医王寺・住吉神社・大歳神社の背後から登れるようです。それでも道は途中までで後は踏み跡を探りながら尾根まで登るようです。
 
訪城コメント

2008年は夕暮れに訪れたので、登るわけにも行かず断念しました。2014年では、城山中学周辺から登り口があるかと思い探しまわりましたが、それらしい道はなく、谷外小学の西側の天神社の背後から登ってみましたが、途中で進めなくなり、東に移動したら砂防ダムがあって向こうには渡れずで断念です。城跡は姫路の中世城郭では最大級のものであり、石塁、堀切、井戸など残るようです。上記登城口から登ったところが西の峰でそこから尾根上を東に進んで東の峰となるようです。東の峰ピークへ登る手前、尾根上に石垣も残るようです。

説明板
歴史

貞和五年(1349年)、赤松則村(円心)の次男の赤松貞範が築城し、姫山(今の姫路城)から移ったとされます。この後、小寺正隆が本城の御着城を嫡男の則職に譲って庄山城に移ったとされます。さらに、享禄三年(1530年)には小寺正隆は浦上村宗に攻められ、庄山城で討死したと伝わります。


現地案内板より

  

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