丹波/ 柏原陣屋



ファイルNo1605

        長屋門     

@ かいばらじんや
  別名 

A住所:丹波市柏原町柏原
    旧:氷上郡柏原町

B目標地点:柏原民俗資料館
C形式:平城  D比高:−−m 
E現況:公園

F遺構等:郭・現存御殿・現存長屋門
G時代/人物:江戸期/織田氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間: 1分
J撮影・訪問時期:2011年09月・2018年05月
          2020年02月・10月

  

道案内 

舞鶴若狭自動車道の丹南篠山口インタで下り、県道94号線に右折します。700m先の味間新の信号で右折し国道176号線に入ります。18km先、柏原新町の信号で斜め右に入ります。500m先の左手に歴史民俗資料館、右手が陣屋です。
 
訪城備忘録

過去何度か訪れましたが、工事中だったり夜間だったりでいい写真が撮れていませんでしたが、2018年は晴天でした。織田信長の血筋の家系の陣屋です。長屋門と御殿が往時の1/5ほど現存しています。長屋門は正徳四年(1714年)に建てたものがそのまま残ります。御殿は正徳四年に造営後、火災で焼失し、文政三年(1820年)に再建されたものだそうです。また、太鼓櫓が移築されています。この太鼓門は移封の際に宇陀松山から柏原に持ってきたもののようです。御殿の書院は大大名の御殿からすればこじんまりとしています。城の持てない領主ですからそうなんでしょうが、織田氏の末裔の陣屋と思うとなんか微妙な感じでですな。

歴史

慶長三年(1598年)、織田信長の弟の信包が伊勢より三万六千石で入封しましたが、慶安三年(1650年)、三代信勝が28歳で死去し、嗣子が無いため無嗣断絶と成りました。一時天領となり、元禄八年(1695年)、信長の次男の信雄の孫である信休が大和松山から二万石で入封、以後、明治維新まで続きました。

御殿
  
太鼓櫓         御殿の跡
太鼓櫓

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