丹波 / 岩屋城



ファイルNo1604

近世城郭に近い石垣遺構が残る城

                          二の丸の石垣と天守台石垣  

@ いわやじょう 
  別名 

A住所:丹波市山南町和田 
   旧:氷上郡山南町

B目標地点:和田小学校・親縁寺 
C形式:山城  D比高:220m 
E現況:山林 

F遺構等:郭・堀切・石垣・碑・説明板 
G時代/人物:戦国期/和田氏・佐野氏
H満足度: 凸凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  和田小学校から40分

J撮影・訪問時期:2006年10月

  
天守台遠望

【道案内】 ←和田小学校裏手の登城口

舞鶴若狭自動車道の黒井インタを下りて国道175号線へ左折します。ここより国道を旧山南町に向かってひたすら進みます。17Km先山南町の草部の信号で右折し県道109号線に入ります。加古川を渡り、橋から1.2Km先m池田大橋の信号の手前で斜め右に入ります。1.1Km先の右手和田小学校、左手和田出張所・公民館で出張所の裏手の駐車場をお借りして駐車します。和田小学校正門から校内を抜け裏手に廻り、石段を上がっていくと岩尾城説明板があります。そこから登城道があります。なお、平日は小学校校内を抜ける際は事前に職員室に連絡くださいという看板がありました。また、小学校より250m手前から右手に入った親縁寺からも登れるようです。
  



【現況・訪城記録】

もう夕方近くになっての訪城でしたので、日没との戦いでした(笑)城跡は蛇山山頂にあります。小学校裏手を少し登ると岩屋城の説明板があり、ここより右手の山の斜面の小道を進んでいきます。10分ほどで尾根に登ります。右手の親縁寺からの道と合流します。左手山頂に向かって尾根道を登ります。さらに10分ほど登りますと南曲輪・下知殿丸曲輪という削平地を越えると堀切のところに至ります。この正面の急な斜面の上、山頂が主郭ですが、堀切のところで左に回りこみます。井戸が残り、その先には山の斜面に相当量の石垣が残存します。300mほど進むと右手の急斜面にのぼります。ところどころに木の階段が設置してあります。20mほど急斜面を登りと出丸の石垣のの所に至ります。ここから総石垣の城跡が姿を現します。西の丸、二の丸、本丸、天守台と総石垣です。ただ、ひとつの曲輪は狭く、天守台と言ってもちょっとした櫓程度の大きさで、近世の総石垣の城のミニュチュアを見てるような感じがします。これは中世の土の城に石垣で無理やり覆ったという感じなんでしょうか 山頂は見張り台でここには土塁がのこり、この背後は急斜面で下には広い郭が見えてましたが、時間が日没を越えていたため下まではおりませんでした。この周囲は中世の城の遺構が残っているという感じです。
  

【歴史】

和田氏は本性を谷氏といい信濃の出身でした。三代目が谷姓から和田を名乗り、この三代目の和田日向守斉頼(ときより)は永正十三年(1516年)に築城しました。天正七年(1579年)に明智光秀の侵攻で落城しました。天正十四年(1586年)に佐野下総守栄有が再築城し、主要部は総石垣の城に改修しました。文禄四年(1595年)に近江木戸に移封となり、慶長元年(1596年)に豊臣秀吉の城取り壊しの命により廃城となりました。

  
見張り台土塁
  
現地案内板より
  
  

近くの城・関連の城:

            

井戸近くの石垣                 出丸石垣
西の丸周辺石垣
天守台石垣