丹後 溝尻城



ファイルNo3532

東舞鶴最大の山城

                    二郭北西下の堀切            

@ みぞじりじょう 
  別名 矢野山城・(倉橋城) 

A住所:舞鶴市溝尻
B目標地点:樹徳寺
C形式:山城  D比高:180m 
E現況:山林

F遺構等:郭・堀切・(畝状)竪堀
G時代/人物:戦国期/矢野氏
H満足度: 凸凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  寺から30分

J撮影・訪問時期:2019年03月

  

道案内 ←城跡  ←登り口

舞鶴若狭自動車道の舞鶴東インタを下り、舞鶴東ICの信号を右折し府道28号線に入ります。約500m先の堂奥の信号を左折します。約400m先の細道に右折します。約70m先が樹徳寺で、ここより登ります。
 
訪城備忘録

舞鶴東インタを下り、府道の信号を右折する際に正面に見える山が城跡です。樹徳寺の左手を奥に入ります。山裾の小道を奥に進むと一段上がり広い箇所に出ます。ここで右手に進みつづら道を登ります。つづら道は最初のうちは倒木や真ん中を水が流れるくらいに荒れています。中腹まで登ると道がY字になりますが、右手は堂奥城への道、左手が溝尻城への道です。途中シダが道を狭くしてますが山頂に向かって登ります。城域端まで来ると右手に堀切が見られます。反対側には堀切からの竪堀が斜面を長く落ちています。

ここを過ぎると最初の小郭です。この上が五郭で五郭への導線は坂虎口のように見えます。五郭には南東側から入ったことになりますが、五郭の南西斜面には堀切があり、その先に複数の広めの段郭がありますが、ここは見逃しました。五郭から四郭、さらにその上が三郭です。三郭も広い空間です。三郭からスロープ状で主郭下の段に入ります。このスロープは後世のものなのか往時のものなのか判別できませんでした。主郭は三段になっていて西から南側はやや低く、お堂のある中心部、北西側に櫓台状の高まりがあります。櫓台を越えると二郭です。この郭は幅もありますがとても長い郭で大きな郭です。二郭の南西下に明瞭な堀切があります。二郭の北東斜面に竪堀が数条ある感じですがよくわかりません。

主郭に戻り、北東側に下りていくと堀切があります。土橋を伴う堀切でしたが、倒木が土橋に倒れこんで腐っていて見にくいです。^^;この堀切が落ちる竪堀の両サイドに数条の竪堀が並行してあって畝状竪堀になっているようですが草木で明瞭に見られません。堀切の先に三段ほどの郭があり、その郭の端の東側下のも堀切があります。さらに郭の端から北東の斜面を少し下りたところに数段の郭がさるようですが、パスしました。 

雨模様の訪城で、ややカットしながらの訪城になってしまいました。主要部からの四方向の支尾根には堀切で処理され、北東の尾根、南西の尾根には小郭の段郭が連なり規模は大きな城です。主要部の主郭から五郭までは郭として大きく、削平もしっかりしています。お堂のあるからかもしれませんが、主要部には居住性を感じる城でした。また、同じ山に堂奥城、溝尻支城を抱え、向かい側の山に堂奥二ノ谷城、永大宮城を配し城塞群を形成しており、東舞鶴の一大勢力だったと思われます。

尾根から城跡遠望
歴史

築城時期は定かでは無いものの矢野氏の居城とされ、矢野備後守、矢野満俊(藤平)の名前が史料にあるようです。矢野氏は天正七年(1579年)に丹後に入封した細川藤孝に降伏し帰農したと伝わるようで、この頃に廃城になったようです。

主郭櫓台東切岸       北東端堀切
樹徳寺(寺の左手を奥に入る)
  右側の山裾の道を行く   上に登って右手のつづら道を登る
  
南東端堀切
五郭下から
五郭     四郭
三郭から主郭へのスロープを見る
主郭の下郭から上郭を見る
主郭(法起堂)    主郭櫓台
二郭
二郭に建つ妙見大菩薩と主郭櫓台切岸   二郭   
二郭の北西下堀切
主郭北東下堀切(上から)
主郭北東下堀切
  北東尾根郭      北東郭端下堀切

近くの城・関連の城:堂奥城 溝尻支城