丹波 埴生城



ファイルNo1807


                                   虎口横石垣  

@ はぶじょう 
  別名 

A住所:南丹市園部町埴生
    旧:船井郡園部町

B目標地点:最福寺
C形式:山城  D比高:100m 
E現況:山林

F遺構等:郭・土塁・石垣・堀切
G時代/人物:室町期/野々口氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  20分

J撮影・訪問時期:2007年11月

  

道案内 

京都縦貫自動車道の園部インタを下り、右折して、府道19号線を園部中心部に向かいます。2.4Km先、園部川原町の信号で国道9号線を横切り、国道477号線に入ります。800m先で国道は左折ですが直進して府道54号線に入ります。2.2Km先の船坂の信号で左折し府道453号線に入ります。1Km先の右手九品寺前を通過し、さらに4Km先の南八田の信号で左折し国道372号線に入ります。1.2km先の二又で斜め右に入ります。500m先の集落内で右折するとすぐに最福寺です。

訪城コメント

最福寺にポツンとある山門、これは埴生城の城門と伝わります。寺の背後の墓地の裏手にでると川を渡ります。右に行き、30m先を左に入ると居館跡?のような平坦地があります。この右手奥に山への道にがあります。この入口、土塁で平虎口上になっていて中に入ると虎口郭のようになってます。これって遺構だろうか?ここから左手尾根先端につづら折れの山道が続いています。尾根先端が城跡です。虎口に至りますが、この左手に大きな石の石垣、右手の斜面にも石垣があります。城自体は単郭のようです。虎口の反対側の斜面にも石垣の痕跡が認められます。尾根側に進むと大土塁があります。この斜面下にも大石が散乱していて石垣が崩れたもののようです。大土塁の背後は明瞭な堀切です。この大土塁の堀切側にも石垣の痕跡が残ります。尾根を登っていくと次のピークに小さな平坦地があり、もしかしたらまだ城域かもしれません。

主郭
歴史

室町中期に野々口親永が築城したもののようです。神尾山城(本目城・本梅城)の支城でもあったようです。子の清親(西蔵坊)の時、天正七年(1579年)に明智光秀に攻められ降伏したようです。


  主郭背後の堀切                  主郭大土塁の堀切側石垣
主郭大土塁と石垣残骸
主郭からの眺望                  主郭東下石垣痕跡
虎口                          主郭西下石垣
居館跡?

  
最福寺の山門(移築門)                 居館跡?を下から

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