山城 / 御土居



ファイルNo1736

京都洛中を囲む長城

                          大宮土居町の御土居   

@ おどい 
  別名 

A住所:京都市北区平野鳥居前町 他
B目標地点:北野天満宮の北側 他
C形式:平城  D比高:−−m 
E現況:宅地等 

F遺構等:土塁・碑・説明板 
G時代/人物:戦国期/豊臣氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  ーー
J撮影・訪問時期:2006年08月・2007年07月
            2014年08月 2017年07月
            2018年03月・2018年08月

  
北野天満宮の御土居

【道案内】

堀川通り(県道38号線)の中立売の信号からさらに500m先の堀川今出川の信号で左折し今出川通り(県道101号線)に入ります。1.4Km先の右手が北野天満宮ですが、北野天満宮前の信号で右折し天満宮沿いに進みます。天満宮沿いに走ると天満宮の北側で道は左折となり、平野神社に向かうようになります。天神川の橋の手前の右手に路地があります。ここを入っていった右手に御土居はあります。
    ← 平野鳥居前町の御土居の位置
     ← 大宮土居町の御土居の位置


【訪城備忘録】

2006年8月
御土居の内、北野天満宮と平野鳥居前町のものを見に行きました。北野天満宮のものは、まさしく堤防という感じですが、平野鳥居前町の御土居は天神川と御土居の間に路地と民家が立ち並びます。復元してあるとは言え、高さは5mほどありますか、実際見ると大きさを感じます。これが京都全体を巡っていたとすると日本には少ない(小田原とともに)都市城郭ですね。

2007年7月
佛教大学近くの土塁を三箇所見てきました。この三箇所の土塁はどれもなかなかりっぱなものです。大宮土居町の土塁は斜面にあって巨大、竪土塁風ですし、空堀も斜面になって面白い。大宮土居町の土塁と空堀は西に延び鷹峯旧土居町の土塁のところまでつながり、ここで90度に曲がり、紙屋川沿いを南へ進み、北野天満宮の土塁へと繋がります。

2014年8月
しょうざん側からお土居を見ました。崖になっているからか高さがすごい。

2017年7月
鷹峯旧土居町のお土居にフェンス内に入り見学させてもらいました。

2018年3月末
桜とお土居を見てきました。
2018年8月
専門家の方と大宮土居町・鷹峯旧土居町のお土居周辺を巡りました。お土居の経済的意味を拝聴し、ただただ、秀吉の洛中城郭化ではないとの話に感心致しました。

【歴史】

天正十九年(1591年)に豊臣秀吉は京都防衛の意味も含め総延長23Kmの土塁で京都を取り囲みました。江戸期以降は堤防として必要なところ以外は順次取り壊され、現在は8ケ所が国史跡として指定されています。

現地案内板より

  
  
平野鳥居前町の復元御土居
  
現地案内板より
  
大宮土居町の御土居
大宮土居町の御土居
大宮土居町の御土居(鷹峯旧土居町側)
  

近くの城・関連の城:

          

鷹ケ峯旧土居町3の御土居             鷹ケ峯旧土居町2の御土居
                        
鷹ケ峯旧土居町3の御土居
鷹ケ峯旧土居町3の御土居
大宮土居町の御土居
大宮土居町の御土居
大宮土居町の御土居
大宮土居町の御土居
大宮土居町の御土居
大宮土居町の御土居
大宮土居町の御土居
大宮土居町の御土居(鷹峯旧土居町側)
しょうざん側お土居  
しょうざん側お土居