山城 / 堂ノ庭城



ファイルNo1628

                          主郭下郭の円弧の土塁  

@ どのにわじょう 
  別名 

A住所:京都市北区西賀茂城山〜西賀茂笠松

B目標地点:京見峠・西賀茂城山 
C形式:山城  D比高:350m
           (林道から50m) 
E現況:山林 

F遺構等:郭・土塁・堀? 
G時代/人物:−−期/−−
H満足度: 凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  林道脇から5分

J撮影・訪問時期:2006年11月

  
主郭

【道案内】 

堀川北大路の信号から説明しますと、堀川通り(府道38号線)から北大路通りを西に進み1.2Km先、千本北大路の信号を右折し、千本通り(府道31号線)に入ります。600m先、仏教大学そばで道が二股で、斜め左に入ります。1.6Km先で道はT字で、ここの鷹峯の信号を左折します。(この交差点そばの源光庵には伏見城の血天井の遺構があるらしい・・・。ほんまかいな^^;) 左折した400m先でまた右折します。角にホテルがあります。ここより府道31号線は道が細い山道となり、ジグザグ道を京見峠まで3.5Kmほど登ります。京見峠の茶屋から峠まで250m、峠を越えて100mで道は二股になります。斜め右に進みます。600m進んだ右カーブが終わったあたりの右手に中継局のようなアンテナのある建物が一軒ポツンとあります。この道の反対側、コンクリート障壁が切れたあたりから登り道があります。

 


【現況・訪城記録】

主郭丸い感じの郭ですが、土塁も無く、削平も甘い感じで、おまけに藪状態というわけで見るべきものが無い感じです。唯一、木の枝に「城山・479.8」という案内が城跡なんやと思うのみです。北側には狭い段郭のような削平地が2段ほどありました。ただ、主郭下は帯郭なのか横堀なのか周囲を巡っているように見え、低い土塁を伴っています。主郭下を巡る帯郭の延長上に主郭東南側下には突出した大きな削平地があります。この周囲の土塁は、高さもあり幅もあり、はっきりとしたものになります。この突き出した南東側の段郭の土塁はU字というかヘの字の曲線を描いて郭の周囲を囲んでいます。


  
【歴史】

築城時期、築城者は定かではありません。昔から、京都への侵入路のひとつとして(京見峠)、都人と丹波勢などとの攻防の場となったと考えられます。史料にこの城が出てくるのは、室町幕府の奉行人の伊勢貞孝が永禄五年(1562年)に、ここに籠り幕府に叛旗を翻したとあるようです。永禄十一年(1568年)に織田信長が上洛後も北の守りとして機能しましたが、天正七年(1579年)の明智光秀による丹波平定後に廃城になった考えられます。

 
  
土塁(近撮)
  
下部より主郭部を見る
     
  

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