丹波/ 園部城



ファイルNo1221


         櫓門  

@ そのべじょう 
  別名 園部陣屋 

A住所:南丹市園部町小桜町 
    旧:船井郡園部町

B目標地点:園部高校 
C形式:平城  D比高:−−m 
E現況:学校 

F遺構等:郭・門 櫓
G時代/人物:江戸期/小出氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  5分
J撮影・訪問時期:2001年06月・2006年10月
   2017年04月・2021年10月・11月

  
城址碑

【道案内】 

京都縦貫自動車道の園部インタを下り、右折して、府道19号線を園部中心部に向かいます。2.4Km先、園部川原町の信号で左折し国道9号線に入ります。400m先、園部川を渡り、南丹警察を越えたところの園部宮町の信号を右折します。500m先右手が園部高校です。
  


【訪城備忘録】

現存の櫓門が園部高校の正門となり、その横に巽櫓が現存しています。一瞬芸の訪城ですが、現存建築物が残るのはうれしいですな。巽櫓の石垣は櫓より一回り大きく、コンクリートで固まっています。よく見ると櫓下に石垣がの頭が見え、その下は埋まっています。保護の意味もあるんか、本来の石垣は埋められているようです。
2021年、市役所の新築現場で石組が発見され、現在認識の園部城の範囲の見直しが必要との事です。
  
なお、太鼓櫓が南丹市八木町北屋賀国府 安楽寺に太鼓櫓が移築されています。

【歴史】

戦国期に丹波八上城主波多野氏の支配下にあり、園部は波多野氏の家臣の荒木氏綱が守ったとされます。その城は天神山にあったとされますが定かではないようです。天正6年(1578年)に明智光秀の丹波攻めで波多野氏は滅亡し、園部の山城も運命をともにしたと考えられます。江戸期に入り、元和5年(1619年)に但馬出石から2万6千石で園部に転封となった小出吉親は園部城(陣屋)を築城しました。小出氏は十代の小出英尚に明治維新を迎えるまでこの地を支配しました。この英尚の時に陣屋をより堅固な城郭の改修を行ったとされます。


  
巽櫓
  
櫓門
巽櫓
櫓門内側から      城址碑
  

近くの城・関連の城:

          

巽櫓(西側から)            城郭風建物国際交流会館
櫓門 ライトアップ
巽櫓 ライトアップ
ライトアップ