越中 / 中村山城



ファイルNo1787

越中では少ない畝状竪堀の残る上杉氏系の城

                          畝状竪堀(上から)  

@ なかむらやまじょう 
  別名 

A住所: 氷見市中村
B目標地点: 
C形式:山城  D比高:50m 
E現況:山林 

F遺構等:郭・堀切・畝状竪堀・土塁・土橋 
G時代/人物:戦国期/長尾氏
H満足度: 凸凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  農道から10分

J撮影・訪問時期:2007年10月

  

道案内 

高岡市内の国道8号線四屋高架から国道160号線に入り氷見市方面に向かいます。四屋から10Km先(氷見市中心部を過ぎたあたり)の幸町北の信号で左折し国道415号線に入ります。1.8Km先の大野の信号です。(能越自動車道<氷見高岡道路>氷見インタを下り、700m先が大野の信号です。)大野の信号からさらに3.5Km先が中村の集落で、浄善寺手前で右折します。600m進むと山すそに至ります。Y字路地を左に100m先に尾根の先端部かあり、さらに先の右手台地の上に大きな貯水池があります。この背後の山が城跡です。

訪城コメント

訪城時、城山は木々が伐採されて裸山になっていました。ちょうど地主さんがおいでになり、お聞きしましたが、「木が売れたため伐採したが、公園等にする予定はないようです。ただ、城跡の測量の予算が下りて測量をしているとの事でした。地主さんに許可をいただき南端の尾根先端から登りました。木を伐採するための道路作りでブルドーザーで作られた道がついていて登りやすく、遺構も若干の破壊はあるかもしれませんが、概ね良好です。この尾根にも大きな堀切があり、上の郭との切岸は5mほどりシャープです。主要部は山頂部に北西から東南に延びる尾根上を削平し、大きな3つの郭が連なります。中央の郭は50m*20m程度の大きさがあります。東の郭は伐採はされておらず、中央の郭より若干低く、その先は5mの切岸で下がり、その先は大規模な堀切になっています。中央の郭と西の郭の間に堀切があり土橋が設けられています。西の郭の端も大きな堀切、北側には明瞭な竪堀がありました。西の郭の南西下斜面に20mほど土塁の伴う横堀状があります。残存以上は破壊されたのか? 横堀というより帯郭で、この部分は武者隠しの見張り郭のように見えます。さらにその下には西から南西にかけて6条の畝状竪堀があり明瞭です。5条は割りと短く、緩斜面までで止まって、その先は崖上の急斜面になっていますが、1条は大きな竪堀で長く斜面に残っていました。以上のように、富山県ではあまり見ない城跡で竪堀・堀切の多様と切岸の高さを感じます。これが上杉氏系の城という事なんでしょうかね

主要部削平地
歴史

詳細は不明ですが、越後の長尾氏(上杉氏)の長尾左馬助が在城したという史料があるようです。上杉氏がこの地区を制圧していたのは天正四年(1576年)から天正七年(1580年)頃までと考えられます。

主郭切岸       主郭虎口
  主郭内仕切り堀切       主郭西下斜面の堀・土塁
主郭北側下竪堀      主郭西下堀切
畝状竪堀を横から         竪堀  
南の尾根の堀切        南尾根段郭
  
    城跡遠景        主郭より虎口越しに里を見る

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