越中 / 鴨城



ファイルNo0042


                                  城跡遠景  

@ かもじょう 
  別名 

A住所:高岡市福岡町加茂〜鳥倉 
   旧:
西砺波郡福岡町
B目標地点:超願寺 
C形式:山城  D比高:100m 
E現況:山林 

F遺構等:郭・空堀・井戸・説明板  町史跡 
G時代/人物:室町期/不明
H満足度:
凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  途中断念


J撮影・訪問時期:2004年08月

  

道案内 

能越自動車道福岡インタを下り、新8号線に入り(または高岡市内より8号線を金沢方面に向かい)、新8号と旧8号の交差点(芹川東の信号)を新8号線へ進みます。(ここで旧8号線は県道42号となっています) 小矢部川を越えた西中野の信号で右折し県道32号線に入ります。右折してから6Kmほど先の三日市の信号で左折し県道359号線に入ります。しばらく行くとT字を左手にいきます。(右手は赤丸城側)加茂神社前を過ぎ五位庄用水沿いを進みます。超願寺前あたりの道沿いに鴨城の説明板が立っています。城跡には、この超願寺横より登ると鴨城へ、説明板よりもう少し先の鳥倉集会所・鳥倉八幡宮より徒歩、あるいは、横の林道で尾根まで登り、更に分岐(主道は元取山の反対側に下りて行きます。分岐の林道は尾根筋を右に進みます。)している尾根の林道(この林道はRV車でないと無理)を車か徒歩で進みますと草山の古城跡・青石の要害・元取山山頂を経て鴨城に至ります。 

訪城コメント

この日は林道を車で行き、分岐点で車を止めて尾根筋の林道を徒歩で進みました。10分ほど行くと小さな標識に「古城・武家屋敷・荻平の升形」という標識がある左への小道があります。この小道を5分ほど行くと草山の古城に達します。(小さな標識があります。) 古城は切岸にての防御の簡単なもののようです。草木が多くてなんとも歩き廻れません。この先に武家屋敷跡もあるようですが、藪状態で断念しました。林道に戻りさらに進むと「青石の要害」(見張り台でしょうかね)を越え、じばらく登ると元取山山頂に出ました。ここから小矢部の平野部が一望できます。残念ながら時間が無く、この先の元取山砦・鴨城には行けませんでした。いずれリベンジしたいと思います。ここ一帯は各所に標識・案内板もあり整備されておりますのでありがたい。

2008/07
この日も昇りませんでしたが、登り口近くを歩いてみました。説明板の近くに新しい鴨城の写真案内図が設置してありました。

草山の古城跡
歴史

この城跡は、加茂集落の背後にある標高154.6mの山上に位置します。主郭は、平坦地南西部にある小高い部分と考えられます。西側には約40mにわたる空堀が設けられています。また、西側の元取山(標高195.8m)には関連施設と考えられる元取山砦(元取山山頂より東に約150m地点・鴨城より西に約400m地点)が設けられています。この城跡に関する史料のなかで、貞治2年(1363年) 桃井直常の討伐軍に参加した二宮氏が「鴨城衆」を命ぜられ、鴨城衆とともに頭高城を焼き払ったと記録があります。また、別の史料には、長禄年間(1457〜1460年)加賀半国守護の赤松政則が五位庄高畑村(加茂)の上、城の平と称する地に居住したとあり、さらに延徳三年(1491年)の史料には「カモ山のフタツ城」と記録しています。こうした史料と縄張りの形態からあわせて考えると、この城は14世紀中頃〜15世紀末にかけて使用されたことが推定されます。 ≪現地案内板より 福岡町教育委員会≫

*補則:文中にある「カモ山のフタツ城」とは「鴨城と草山の古城」か?それとも「鴨城と赤丸城」? 文中の「城の平」と称する地とあるが現在の「城の平山」は赤丸城がある場所  <補則加筆は管理人>


    元取山山頂            元取山山頂よりの眺望

   鳥倉公民館前の案内板                     登り口案内    
(左上の凸が「草山の古城」、右の凸が「鴨城」)                        

浅井城 1917 (途中断念) 
場所は超願寺より山沿いの道、県道359号線を約4km先が浅井神社のところです。 参道にある鞍馬寺集会所の裏山尾根くらいから先端までが城域のようです。なお、近くの県道369号線と県道32号線の交差信号の石堤の信号そばにも浅井神社がありますので注意ください。
浅井神社本殿                浅井神社参道松並木
浅井神社の(写真の)左手の山の尾根に浅井城はあります。
最近の調査で浅井城は赤丸城に対する本城であったとされています。

  

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