越中 / 守山城



ファイルNo0019

富山三大山城ですが遺構の残存度は少ない

                            主郭下腰郭

@ もりやまじょう 
  別名 二上城 海老坂城

A住所:高岡市東海老坂 
B目標地点: 二上山
C形式:山城  D比高:150m 
E現況:公園・山林 

F遺構等:郭・説明板・(石垣?・堀?) 
G時代/人物:
  南北朝期〜戦国期/斯波氏〜神保氏〜前田氏
H満足度: 凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  5分

J撮影・訪問時期:2000年03月

  

道案内】  

高岡市中心部より国道160号線で氷見市方面に進み、西海老坂の信号から400m先を右折し二上山万葉ラインを登ります。二上山山頂の西側の城山山頂が本郭になります。



【現況・訪城記録】

富山の三大山城のひとつと言われますが、現在は二上山の公園となっているところが多く、明瞭な遺構・縄張りとは言いがたい感じです。主郭は広い公園で、その南側に段郭と思われる平坦地が連なります。一部石垣も残っているはずなんですが、よく判りません。


【歴史】

南北朝の北朝年号で応安五年北朝(1371年)に北朝越中守護の斯波義将が築城し本城としました。その後、越後守護畠山氏の守護代神保氏職の支城、織田信長の家臣となった神保氏張の居城となりますが、氏張は佐々成政の家臣となり、天正十三年(1585年)に佐々成政と共に新川郡に去ります。同年、前田利長が松任城から移ります。元和元年(1615年)一国一城令により廃城になりました。

  
主郭
  
     
     
  

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