越中 / 城生城



ファイルNo0016

越中斎藤氏の本城  本丸を巡る空堀は深くて圧巻 遺構は広域で完存しています。お勧めの城跡です。

                            深い主郭下を巡る空堀

@ じょうのうじょう 
  別名 恵智谷城・天狗平城・城尾城

A住所:富山市八尾町城生 
    旧:婦負郡八尾町

B目標地点:東八尾駅
C形式:山城  D比高:40m 
E現況:山林

F遺構等:堀・堀切・土塁・土橋・石垣
    ・碑・説明板

G時代/人物: 南北朝期/斎藤氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  県道25号線沿い説明板より10分
J撮影・訪問時期:
2003年08月・2014年05月

  

道案内 

山市内から国道41号線で旧大沢野町まで行き、上大久保六区西の信号で右折、2。8Kmほど先の「減鬼」の信号で左折し、県道200号線に入ります。高山本線「東八尾駅」横を過ぎ(線路反対側へ)て県道25号線にでます。そこを左折し旧細入村方面に向かいますが、県道25号線の入って800m程度先道路沿い左手に城生城の説明板が立っています。ここより城跡に入りますが、駐車スペースがありませんので、路上駐車できる箇所を確認して駐車してください。
 
訪城記録

城跡はけっこう広域です。説明板のそばより城跡に入って行くと左手に行くと主郭下の郭に出ます。この郭、主郭への登り土塁のスロープが中央にあります。。主郭方向へとさらに登りましたら、主郭手前で野生の鹿に出くわしてびっくりでした。私が近づいても恐れる風もなく平然と草を食んでいました。さらに近づくとさすがにゆっくりと逃げて行きましたが、私を先導するように主郭に入っていきました。城址碑の反対側に鹿が廻ったのでチャンスと思いシャッターをきりましたが、この写真どうでしょ? 主郭の二方は深い空堀に囲まれ、東側は神通川へ断崖になっていて竪堀が残ります。主郭下に降りるとこの空堀は主郭まで8mほどの深さがあり圧巻です。さらに南の郭へ進むと土塁で囲まれた郭があり、虎口には石積みの形跡がみられます。主郭より北側には大きな堀切、さらに北側には屋敷跡の相当に広い平坦地があり、ところどころに石積みが見られます。

県道沿い説明板
歴史

南北朝に城は築かれた城で城主は斎藤氏です。斎藤氏は付近の楡原保を領した豪族で約200年余にわたり飛騨口の雄として婦負郡の南部に大きな勢力を振っていました。しかし、戦国期末に越後の上杉氏と結んで佐々成政に敵対したため天正十一年(1583年)に成政の攻撃を受け落城しました。城主斎藤信和は飛騨へ落ちのび、後に徳川氏の旗本となりました。 城は、その後、佐々与左衛門が入り、前田氏支配時は青山佐渡守・篠島織部らが城に入りましたが慶長年間(17世紀初)に廃城となりました。  ≪現地案内板より 八尾町教育委員会≫


2003年撮影
主郭城址碑(後ろに鹿)                       主郭下空堀
南の郭への虎口                        主郭手前で鹿

  
主郭下空堀
主郭下空堀                      南の郭への虎口
主郭下空堀
東側の竪堀                            主郭
主郭北側下郭                     登り土塁
北の屋敷郭との間の堀切
屋敷郭

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